# オンコール ## 定義 オンコール(on-call)は、システム障害の発生に備えてエンジニアが待機し、呼び出しに応じて対応する運用上の慣行である。SRE の実践において当然の前提とされてきたが、その正当性の根拠は一様ではない。標準的な SRE 文献(SRE Book 第11章)はオンコールを「量(時間比率)と質(インシデント頻度)を均衡させて設計・運用すべき対象」として扱い、エンジニアリング業務最低50%・オンコール最大25%という配分やページャー返却の仕組みなど、慣行の存在を前提とした最適化を論じる(Source: [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 11 Being On-Call]])。これに対し『SREの探求』第30章は、オンコールという慣行そのものの正当性を問い直し、その根拠を「既知の既知」「既知の未知」「未知の未知」「プロダクションの知恵」の4カテゴリに分類したうえで、唯一正当な理由は「プロダクションの知恵」(現実のシステム挙動を学ぶための意図的な配置)だけであり、それ以外はコストの都合や思い込み(ドグマ)にすぎないと論じる(Source: [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 30 オンコール反対論]] §30.1.4〜§30.1.5)。 ## 横断的知見 - **同一人物(Niall Murphy)が「オンコールの最適化」を編集し、後に「オンコールという慣行そのものの正当性」を問う側に回っている**: SRE Book 第11章(2016)は Beyer・Jones・Petoff とともに Niall Murphy が編者を務めた書籍に収録されており、オンコールの存在を前提として量的・質的均衡や心理的安全性の確保を論じる最適化アプローチを採る。5年後、同一人物が『SREの探求』第30章(2021)の単独著者として、オンコールを行う根拠の大半(既知の既知・既知の未知)はコストの都合にすぎず、SRE Book が最適化してきた枠組みそのものが「病棟医療」でなく「救急医療」という誤ったモデルの上に成り立っていると批判する立場に転じる。同一人物の中で「運用として洗練する」から「慣行自体をなくす」への視座の転換が起きていることは、両者を単純な対立する2学派としてでなく、SRE コミュニティ内での問題意識の時系列的な深化として読む根拠になる。(Source: [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 11 Being On-Call]], [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 30 オンコール反対論]] 著者紹介) - **SRE Book が示す「心理的安全性とストレスの認知阻害」という知見は、ch.30 の「人間はストレス下でパフォーマンスが劣化する」という主張の定量的な裏付けとして機能する**: SRE Book 第11章は、ストレスホルモン(コルチゾール等)が熟慮的認知を阻害し直感的だが誤った判断を助長すると述べ、対処として心理的安全性の確保と意図的にペースを落とした対応を推奨する。これは「オンコールを運用としてどう設計すれば安全に回せるか」という枠組みの中での処方箋である。ch.30 は同じ現象(ストレス下の認知劣化)について、自然発生率0.5〜10%・複雑な非定型タスクで25〜30%というヒューマンエラー研究の具体的な数値と、緊急時に1分以内の適切な行動が取れない確率90%という報告を引き、単なる運用上の留意点ではなく「そもそも人間にこの役割を担わせ続けるべきか」という慣行の存否を問う論拠として用いる。同じ経験的事実(ストレスと認知劣化の関係)が、一方では運用改善の根拠に、他方では慣行廃止の根拠になっている。(Source: [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 11 Being On-Call]], [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 30 オンコール反対論]] §30.2) - **SRE Book の「ページャー返却」は ch.30 の「既知の既知・既知の未知」カテゴリへの部分的な回答になっているが、「未知の未知」への回答は用意していない**: SRE Book 第11章は運用過負荷が持続する場合、SRE チームが開発チームへページャーを返却できる仕組みを、開発と運用の間の健全な緊張関係として位置づける。これは ch.30 のいう「既知の既知」(ソフトウェアで完璧に解決できるのに人間が対応している状態)を、コスト配分の交渉によって是正する具体的なメカニズムとして機能しうる。しかし ch.30 が主要な争点とする「未知の未知」——システムの変更や依存関係の成長に伴って絶えず変化する予測不能な障害——に対して、ページャー返却は障害の発生源そのものを減らす手段を提供しない。SRE Book のオンコール運用論は「既知の既知・既知の未知」レベルの負荷分散には答えを持つが、ch.30 が最重要視する「未知の未知」への構造的な処方箋(標準化されたツールキットによる基盤レイヤーの刷新)は範囲外である。(Source: [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 11 Being On-Call]], [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 30 オンコール反対論]] §30.1.4) ## 未解決の問い - SRE Book 第11章の量的・質的均衡の指標(オンコール最大25%、12時間シフトあたりインシデント上限2件)は、ch.30 のいう「既知の既知」「既知の未知」による負荷をどの程度含んでおり、それらを自動化で除去した場合にこの上限値はどう変わるべきか。両ソースの間でこの対応関係は示されていない。 - ch.30 の SAOC(強いオンコール反対)・WAOC(弱いオンコール反対)という2つの立場は、SRE Book のような既存の運用最適化論をどう位置づけているか。ch.30 は SRE Book を明示的に引用していない(訳注・脚注レベルの言及にとどまる)ため、両者の立場の関係は本ページのソースだけでは確認できない。 - 「プロダクションの知恵」(オンコールを行う唯一正当な理由)は、SRE Book が定める運用過少負荷対策(Wheel of Misfortune・DiRT)とどう区別されるか。後者は意図的な訓練であり、前者は実運用への配置である点で異なるが、両者が生む学習効果の違いは本ページのソースでは比較されていない。 ## 関連 - [[オンコールストレス管理]] — オンコールが個人に与えるストレスへの介入策を集約する隣接概念 - [[オンコール自動化]] — オンコール業務を LLM・マルチエージェント技術で代替する研究領域。ch.30 の「既知の既知・既知の未知の自動化」という主張と接続する - [[人的要因]] — ストレス下の人間の判断劣化という、両ソースが共有する経験的根拠 - [[SRE文化]] — ヒロイズム(ヒーロー文化)がオンコールの構造に及ぼす悪影響 - [[アラート疲労]] — オンコール中に遭遇するノイズの多いアラートという、ch.30 が触れる副次的な負荷源 - [[インシデント管理]] — オンコールが対応するインシデント対応プロセスとの接続 - [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 30 オンコール反対論]] — オンコールという慣行そのものへの反対論 - [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 11 Being On-Call]] — オンコールを運用として最適化する標準的アプローチ - [[Niall Murphy]] — 両ソースに(編者・著者として)関わる人物 ## 出典 - [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 30 オンコール反対論]](Niall Richard Murphy, David N. Blank-Edelman(編)『SREの探求』, オライリー・ジャパン, 2021, 30章) - [[@2016__OReilly__SRE Book - Chapter 11 Being On-Call]](Andrea Spadaccini(著), Beyer, B., Jones, C., Petoff, J., Murphy, N. R.(編), *Site Reliability Engineering*, O'Reilly, 2016, Chapter 11)