# エンペイリア(経験知)
## 定義
エンペイリア(empeiria、「経験」)は、古代ギリシア哲学においてテクネー(technê)・エピステーメー(epistêmê)と対比される、個別事例の反復から得られる知の一形態である。プラトン『ゴルギアス』では、テクネーが「自らが提供するものの原因を説明する account(logos)」を持つのに対し、empeiria はこの説明能力を欠く点でテクネーから区別される(464b–465a、501a)。アリストテレス『形而上学』冒頭(981a5–b10)では、empeiria の保持者は「カリアスにはこの治療が効いた、ソクラテスにも効いた」という個別事例の集積にとどまるのに対し、technê の保持者はそこから「この種の疾患を持つこの型の人間全員に効く」という普遍的判断へ到達する点で empeiria に勝るとされる。ただしこの優位は「教えることができる」という一点に存し、実際の治療効果においては empeiria の実務者(『法律』のいう奴隷医師、あるいは経験のみに頼る現場の実践家)が technê の保持者を上回ることもあるとアリストテレス自身が認める(Source: [[@2003__SEP__Episteme and Techne]] §2-3)。
## 横断的知見
*(現時点でこの概念に触れたソースは1件のみ。複数ソースの突き合わせが可能になり次第、ここに追記する。)*
## 未解決の問い
- empeiria は [[暗黙知]](Vincenti が [[工学設計知識]] の「実践的考慮事項」カテゴリに位置づける、言語化しづらい現場知)と構造的に同一の概念か。両者とも「個別事例に基づき、一般化・言語化に抵抗する知」を扱う点で類似するが、empeiria が「テクネーに劣る」と明確に位置づけられるのに対し、[[暗黙知]] の議論はより価値中立的(場合によっては暗黙知の方が優位)である点で緊張がある。
- アレクサンドロス・アプロディシエンシスの stochastic technê(→ [[テクネー]])は、empeiria とどう異なるのか。「最善を尽くすが必ず成功するとは限らない」という性格づけは empeiria の限界(個別事例への依存)と技術的に類似して見えるが、SEP はこの2つの概念を明示的に架橋していない。
- プラトン『法律』720b–d・857d–e の「経験のみに頼る奴隷医師」対「account を持つ自由人の医師」という対比は、階級(自由人/奴隷)という社会的属性と知の性質(account の有無)を同一視している。この対応づけがプラトンの他の対話篇でも一貫するかは未検証。