# インシデントアナリスト ## 定義 インシデント対応(response)そのものではなく、インシデントが「なぜそのように起きたか」を事後に調査・分析する役割。[[Vanessa Huerta Granda]] と [[Emily Ruppe]] は SREcon23 Americas の講演「Incident Commanders」([[@2023__SREcon23Americas__Incident Commanders]])で、[[Incident Commander]](IC)と対をなす役割として定義した。Slack/Zoom のトランスクリプト、プルリクエストなど多様なデータをレビューし、複数の矛盾する仮説(「red herring」)を整理してタイムラインを再構成し、インシデントの経緯を一貫したストーリーとして語れる形にすることが核心的な仕事である(Source: [[@2023__SREcon23Americas__Incident Commanders]])。 IC が「対応(response)を調整する」役割であるのに対し、アナリストは「分析(analysis)を実施する」役割であり、両者は「似て非なる別々のスキルセット」だとされる。実務上は同一人物が両ロールを兼務することが多いが、それぞれの訓練・適性は異なる(Source: [[@2023__SREcon23Americas__Incident Commanders]])。 ## 横断的知見 - **IC がアナリスト役を兼務すると社会技術的要因を見落としやすいという指摘は、Slack の Incident Review 主導権ルールと結論が一致する**: Huerta Granda/Ruppe は、IC が対応に人間として密接に関与しすぎているため、事後検証(post-incident review)を自ら担当すると対応そのもの(ツール設定等)の議論に偏りがちになり、社会技術的要因を見落とすと説明する。これは [[Brent Chapman]]([[@2021__SREcon21__Evolution of Incident Management at Slack]])が Slack で制度化した「IC はインシデントレビューを主導しない、最も関与した EM が主導する『no give backs』ハンドオフ」という運用ルールの背後にある理由付けとして機能する。制度設計(Chapman)とその設計理由の明文化(Huerta Granda/Ruppe)が、異なる組織・異なる時期から同じ結論に到達している。(Source: [[@2023__SREcon23Americas__Incident Commanders]], [[@2021__SREcon21__Evolution of Incident Management at Slack]]) - **Adaptive Capacity Labs は、組織内で兼務されがちなインシデントアナリスト役を「外部専任リソース」として提供する事業体として読める**: Huerta Granda/Ruppe が観察するように IC とアナリストの兼務が実務上の現実だとすれば、[[John Allspaw]] と [[Richard I. Cook]] の [[Adaptive Capacity Labs]]、および両名が中心メンバーを務める [[SNAFUcatchers Consortium]] は、組織の外からアナリスト機能(インシデントのトランスクリプト・PR等の多様なデータをレビューし一貫したストーリーを再構成する仕事)を専門に担う存在として位置づけられる。『SREの探求』28章はこの活動を「インシデント分析を行うために独自の内部リソースを確保する」(実践的指針の第一)として組織内在化も推奨しており、外部専任(Adaptive Capacity Labs型)と内部専任という2つの解決策が存在することが分かる。これは、本ページの未解決の問い「専任化した事例は本 wiki には未収録」に対する部分的な回答となる——専任化は組織内でなく組織外(コンサルティング)の形で先に確立していた可能性がある。(Source: [[@2023__SREcon23Americas__Incident Commanders]], [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 28 SREの認知的作業]] §28.8) - **「事例コーパス(corpus of cases)」の構築は、アナリスト業務の集合的な出力形態を提供する**: 28章は、個々のインシデント分析を積み重ねて「最先端のソフトウェア組織から収集したインシデントの事例コーパス」を構築する必要性を説き、SNAFUcatchers Consortium をその実例として挙げる。既存のインシデント記録の大半が技術的な「線より下」の記述にとどまるのに対し、必要なのは「線より上」(認知プロセス)を特徴づける事例コーパスだと論じる——これは、Huerta Granda/Ruppe が個々のインシデントで語るアナリストの仕事(タイムライン再構成、red herring の整理)が、複数インシデントを横断して蓄積されたときに何を生み出すべきかという、組織レベルの目標を補う。(Source: [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 28 SREの認知的作業]] §28.7.1) ## 未解決の問い - インシデントアナリストという役割を専任で置く組織はどの程度存在するか? Huerta Granda/Ruppe の講演は同一人物が IC とアナリストを兼務する現実を前提に語っており、専任化した事例は本 wiki には未収録。 - アナリストとしての訓練・育成プログラム(IC 訓練に相当するもの)を体系化した事例はあるか? [[Incident Commander]] concept にある「全員訓練」「Deliberate Team」等の育成論に相当する、アナリスト側の育成論は本 wiki では未確認。 - IC 経験がアナリスト能力を高め、アナリスト経験が IC 能力を高めるという相互作用について、定量的に効果を検証した研究はあるか? ## 関連 - [[Incident Commander]] — 対応(response)を調整する対をなす役割 - [[インシデント管理]] — 両役割が機能するインシデントライフサイクル全体 - [[ポストモーテム]] — アナリストが主導する事後検証プロセス - [[Vanessa Huerta Granda]] — [[Jeli]] 在籍時に IC/アナリスト役割区分を発表 - [[Emily Ruppe]] — 共同発表者 - [[Brent Chapman]] — Slack の Incident Review 主導権ルールの設計者 - [[Adaptive Capacity Labs]] / [[SNAFUcatchers Consortium]] — 外部専任アナリスト機能・事例コーパス構築の実例 - [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 28 SREの認知的作業]] — 事例コーパス構築と内部リソース確保という組織的対応を論じる章 ## 出典 - [[@2023__SREcon23Americas__Incident Commanders]] — SREcon23 Americas。IC とインシデントアナリストの役割区分を初めて明示的に論じた本 wiki 上の一次出典。 - [[@2021__OReillyJapan__SREの探求 - Chapter 28 SREの認知的作業]] — John Allspaw、Richard Cook, 「SRE の認知的作業」, David N. Blank-Edelman(編)『SREの探求』, オライリー・ジャパン, 2021, 28章(§28.7.1: 事例コーパス、§28.8: 内部リソース確保)