# アクセサリ制御 ## 定義 アクセサリ制御(accessory control)とは、暗号認証チップを用いて、機器本体と消耗品・付属品の組み合わせを人為的に固定し、非正規の互換品や再充填品の使用を検知・拒否する技術である。起源は1895年にKing Camp Gilletteが発明した使い捨て剃刀で、本体を安価に売り消耗品(刃)で利益を得る「二部料金制(two-part pricing)」ないし「razors-and-blades model」と呼ばれる。この経済モデルは1990年代にゲーム機業界(ハードウェアを補助金化しソフトウェアカートリッジで稼ぐ)や、1996年のXerox N24を皮切りにプリンタ業界(本体を安く売りインクカートリッジで稼ぐ)へと暗号技術を伴って拡張された。現代の実装では、正規以外のカートリッジを検知すると印字品質を1200dpiから300dpiへ黙って低下させたり、有効期限・インク残量を電子的に管理したり、地域コード(米国製カートリッジを英国で購入したHPプリンタで使えなくする)を課したりする。オシロスコープのRAM容量制限のように、電子機器一般に同種の技術が広がっている。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 24 Copyright and DRM]] ch.24 §24.6) ## 横断的知見 - **アクセサリ制御は、第8章(情報経済学)の「ロックイン」「ネットワーク外部性」の枠組みでは説明しきれない、より直接的な物理的ロックインの事例を提供する**: 第8章はソフトウェア企業の価値がユーザーのロックインの総和に等しいという情報経済学の一般原則(Shapiro & Varian)を提示するが、そこでのロックインは主にデータ・スキル・相互運用性に起因する間接的なものである。第24章のアクセサリ制御は、これに対し暗号チップによる「物理的に互換品を拒否する」という直接的かつ意図的なロックインの実装を示す。著者は第2版時点では標準経済学の立場(市場が競争的なら本体価格が消耗品の高価格を相殺する、という均衡論)を取っていたが、第3版執筆時には意見を変え、ソフトウェアが組み込まれた産業ほど独占への傾向(第8章が論じる情報財の性質)を帯びていくため、アクセサリ制御はより広い独占禁止・持続可能性の問題になっていると明言している。この立場変更自体が、情報経済学の一般理論(第8章)がハードウェア産業(第24章)へも及びつつあるという著者自身の認識の変化を示す。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 24 Copyright and DRM]] ch.24 §24.6, [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 8 Economics]] ch.8 §8.3.1, §8.3.2) - **アクセサリ制御は「守る者と負担者の不一致」という第8章のインセンティブ不整合の定式化を、消費者保護・持続可能性の文脈に拡張する**: John Deereのトラクター修理ロック(認定ディーラー以外の修理を禁止し、農家が1回230ドルの出張費と時間135ドルを負担)、GE製冷蔵庫の6か月ごとの水フィルタ強制交換、そしてCOVID-19下で3Mが人工呼吸器バッテリーを原価5ドルに対し200ドル超で販売しながら中国工場の国有化で他社への鍵供給を止めた事例は、いずれも「機器を設計・管理する主体(メーカー)」と「コストを負う主体(利用者・患者)」が分離しているという、[[セキュリティにおけるインセンティブ不整合]]が扱う構造そのものである。この概念ページが扱う銀行・プラットフォームの事例に加え、アクセサリ制御はハードウェア消耗品市場という第三の事例群を提供し、しかも人工呼吸器バッテリーの例では「持続可能性」だけでなくパンデミック下の患者の安全性にまで負の影響が及んだことを示す点で、不整合の帰結がより深刻である。(Source: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 24 Copyright and DRM]] ch.24 §24.6, [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 8 Economics]] ch.8 §8.1) ## 未解決の問い - 米国では2004年のLexmark対SCC、Chamberlain対Skylinkの両判例で「アクセサリ制御のためにDMCAを使う」ことに司法が歯止めをかけたが、欧州では規制当局が容認する方向で決着したと本章は述べる。この法域差が実際のアクセサリ制御の普及率・強度にどう影響したかは本章では検証されていない。 - Right-to-repair(修理する権利)運動が、本章が挙げるトラクター・家電以外の分野(医療機器、自動車全般)にどこまで広がっているかは2020年時点の記述の範囲外であり、後続ソースでの追跡が必要。 - 「守る者と負担者の不一致」という定式化([[セキュリティにおけるインセンティブ不整合]])と「情報財の独占化要因」という定式化([[情報経済学]])は、アクセサリ制御という同一現象に対して独立に説明力を持つが、両者の理論的な関係(どちらがどちらを包含するか、あるいは相補的か)は本書のいずれの章でも明示的に整理されていない。 ## 関連 - ソース: [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 24 Copyright and DRM]](§24.6) / [[@2020__Wiley__Security Engineering 3e - Chapter 8 Economics]](§8.1, §8.3.1, §8.3.2) - 概念: [[セキュリティ経済学]] / [[情報経済学]](ロックイン・独占化の理論的基盤) / [[セキュリティにおけるインセンティブ不整合]](守る者と負担者の不一致という共通構造) / [[DRM(デジタル著作権管理)]](暗号技術基盤を共有する隣接分野) ## 出典 - Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 24, §24.6. - Ross Anderson, *Security Engineering: A Guide to Building Dependable Distributed Systems*, 3rd Edition, John Wiley & Sons, 2020, Chapter 8, §8.1, §8.3.1, §8.3.2.