# 誰のためのリライアビリティ? — transcript source スライド: [誰のためのReliability? - Speaker Deck](https://speakerdeck.com/kur/reliability-for-whom)([[誰のためのリライアビリティ? - slides.pdf|ローカル保存版]]) ## 公式アブストラクト 私は普段、デザインの分野で、ユーザーへのインタビューや観察を通して人々が抱える課題やニーズを理解し、その発見をもとに新しいサービスやプロダクトを構想し、試作しながら価値を検証しています。いわゆるUXデザインやサービスデザイン、デザインリサーチと呼ばれる領域で、人々の目的達成を支える体験や仕組みづくりに取り組んでいます。 デザインの世界では、「誰のためのデザイン?」という問いが繰り返し語られてきました。特にUXデザインやサービスデザインの分野では、デザインとは単に美しいものや機能的なものをつくることだけではなく、人々の目的達成を支えるための営みとして捉えられています。 本カンファレンスのテーマであるSREには、「Reliability(リライアビリティ)」という言葉が含まれています。では、SREにおいてリライアビリティは誰のためのものなのでしょうか。システムの可用性やレイテンシ、エラー率といった指標は、サービスを支える上で欠かせないものです。しかし、それらの指標は最終的に誰のために存在しているのでしょうか。 近年、SREの世界ではCritical User JourneyやEnd-to-End Reliabilityといった考え方が広がりつつあります。これはシステム単体ではなく、ユーザーが目的を達成できるかという視点からサービス全体を捉えようとする試みとも言えるでしょう。 本講演では、デザインや顧客理解の視点から、リライアビリティという概念を眺めてみたいと思います。ユーザーの目的達成や体験全体に目を向けながら、「私たちは何のためにリライアビリティを高めているのか」「その指標は誰の価値を表しているのか」という問いについて、皆さんと一緒に考えます。 ## 登壇者略歴 アンカーデザイン株式会社 代表取締役 木浦 幹雄 kurkur 奈良先端科学技術大学院大学修士課程修了後、キヤノン株式会社にて新規事業/商品企画に従事したのち、デンマークCIIDにてデザインを活用したイノベーション創出を学ぶ。デザインリサーチによる人々の理解と仮説検証としてのプロトタイピングを通した持続可能な体験作りを得意とする。IPA未踏スーパークリエータ、グッドデザイン賞など受賞多数。著書に「デザインリサーチの教科書」「デザインリサーチの演習」がある。 ## 逐語文字起こし **木浦:** 皆さん、おはようございます。アンカーデザインの木浦と申します。一番朝早いセッションにもかかわらず、こんなに多くの人に来ていただき大変ありがたいと思っております。 最初に、少しだけ自己紹介をさせていただきたいなと思っているんですけれども、元々私は高専から大学院というところで工学部を卒業しまして、非常にエンジニアチックなバックグラウンドを持っておりました。 なんですけれども、新卒でカメラメーカーのキヤノンに入りまして、そこから少しずつ歯車が狂っていったと言いますか、キヤノンに入ってから、エンジニアとして採用されたはずなのに、1行もコードを書いていない感じがするんですよね。 何をやっていたかと言いますと、研究所に配属されました。研究所には意味のわからない技術がいっぱいあるんですよ。アルゴリズムのようなものもそうですし、キヤノンの場合は「香りディスプレイ」などですね。あるいは、新しいプリンターのような技術がいっぱいあって、昔は良かった。要は、昔はお金をたくさん使って面白いことをやっていたら、「お前、面白いね、すごいよ」という感じだったんですけれども、私が入社した頃から、研究所に対して「お前らちゃんと金を稼げ」と言われるようになりまして、そういったわけのわからない技術をなんとかしてマネタイズする、という仕事を10年くらいやっておりました。 その時に、ロボットのようなものを少し作ったり、あるいはヘルスケア、医療機器ですね、そういったものを作ったり、新規事業開発を10年くらいやっておりました。 その時に感じたのが、そもそも技術ベース、いわゆる「シーズベース」「ニーズベース」という言い方をマーケティングの世界で言うこともありますけれども、「こういう技術があるから、これをなんとかして世の中に出そう」という考え方よりも、そもそもユーザーが何を求めているのか、とか、どういうことがあったらユーザーさんは嬉しいのか、ということをベースに、新しいもの、サービスやプロダクトを作っていった方がいいんじゃないか、ということに気づきまして。気づいたというか、元々世間一般に言われていることではあるんですけれども、そちらの方面をもうちょっと極めたいなと思いまして、デンマークにあるCIIDというデザインスクール(大学院)に留学する機会を得て、そちらでデザインの勉強をしておりました。 日本に帰ってきてから、今私が経営しているアンカーデザインという会社を立ち上げて、現在に至るという感じでございます。 元々は高専や大学院の時はソフトウェアエンジニアになりたいなと思っていたんですけれども、なぜかどっぷりデザインの世界に入って、今10年目くらいになっております。 ですので、このような場に呼んでいただきお話しさせていただけるというのは、非常に光栄なことだと思っております。そのため、私も少しSREの方を勉強しなければいけないなと思い、何冊か本を読んできて、「SREも完全に理解した」と多少は言えるかなと思っております。ただ、皆さんは私よりも先輩ですので、「SREもちょっとわかる、ちょっとできる」という人や、「全然わからない」という方もいらっしゃるかと思いますので、私自身もまだまだ勉強していかなければいけないと思っております。 先ほど司会の方からもご紹介いただきましたが、私はデザイン関連でいくつか本を書かせていただいております。これはどういう本かと言いますと、『デザインリサーチの教科書』という本で、どのようにユーザーを理解して、どのようにものづくりを進めていくかというプロセスや考え方を書いた本になっております。 こちらの書籍販売コーナーで売っていただいています。聞くところによると、かなりたくさん仕入れていただいたみたいですので、皆さんぜひ購入していただけると大変ありがたく思います。今日はお昼からサイン会もさせていただきますので、ご希望があればたくさんサインします。表紙でも裏表紙でも中でも、何箇所でもサインしますので、ぜひ買っていただけるとありがたいなと思っております。 それでは、前置きはこれくらいにして本題の方に入っていきたいなと思います。このような会でデザインの話をするのも、なかなか親和性があるのではないかと思いますので、気軽に力を抜いて「こういう考え方もあるんだな」と聞いていただけるといいかなと思っております。 まず皆さんに考えていただきたいことなんですけれども、「デザイン」という言葉を聞いて思い浮かべるものは、どのようなものがあるでしょうか。 昨日、ChatGPTの新しいバージョン「5.6」がリリースされたので、5.6に「一般の人がデザインと聞いてどういうものを思い浮かべますか」と聞いてみました。そうしたところ、ロゴやポスター、デジタル領域だとWebサイトやスマホの画面のようなものも主にあると思いますし、いわゆるパッケージ、家具、家電、自動車、建築、洋服、文房具などが挙げられました。 なぜ文房具が入っているのか私はよくわからないのですが、あまり文房具をイメージする人はいらっしゃいますか? そのあたりはきっと5.6のすごさなのかなと思っております。 このように、一般的には「デザイン」という言葉や「デザイナー」というと、こういうものをデザインしているのだろうと思われがちなのではないかと思っております。 ところが、我々からすると、これは間違いではないのですが、デザインではもうちょっと広い領域を扱っていると思っております。これはどういうものかと言いますと、私の本からの引用というか、元々はブキャナンというデザインの研究者がおりまして、デザインがこのように広がっているという論文があり、そこから私が翻案(解釈)して図に落としたものです。 デザインの昔々、19世紀や20世紀の時は、デザインというとグラフィックデザインやインダストリアルデザイン、要はポスターや車といった「もの」のデザインを主にやっておりました。 ところが、1980年代になると、インタラクションデザインが入ってきました。UIデザインやUXデザイン(UXデザインはもうちょっと先かもしれませんが)、要はコンピューターとその中身がよくわからないものに対して、人間がどのようにコミュニケーションをとって目的を達成するか、というインタラクションデザインが1980年頃から入ってきました。 そして、2000年代になると、「体験」、要はユーザーの体験をどのように設計するかというところがデザインのフォーカスとして入ってきました。 昨今では、UXから一歩広げてシステム全体をデザインする、要はビジネスのデザインであったり、組織、教育、政府といったところをいかにデザインするか、というところまでデザインの対象が広がり続けているのではないかと思っております。 そのため、おそらく皆さん、会社の中でデザイナーの方と一緒に働くこともあるかと思いますが、彼らが考えているのは「表面的なユーザーインターフェース(ボタンがどこにあって、画面遷移がどうで、色がどうで、タイポグラフィがどうなのか)」という話というよりは、おそらく「UXとしてどうあるべきか」といったことだと思います。皆さんのチームメンバーも、そうしたことを考えているのではないかと思っております。 デザインはこのような分野です、というところから、少しデザインリサーチについてもお話しさせていただきたいと思います。 先ほど『デザインリサーチの教科書』をご紹介させていただきましたが、デザインリサーチとは何なのかをお話ししますと、プロダクトをデザインするためのリサーチのことを、私たちはデザインリサーチと呼んでいます。要するに、新しい何かを作ったり、あるいは現状を良くしたりするために、人々(ユーザー)を理解して本質的なニーズを探し出さなければ、正しいものは作れない、というのがデザインの世界における共通認識です。 ですから、「そのユーザーはそもそもどんな人なのだろう」「我々が解決すべき問いとはどのようなものなのだろうか」ということを提示する営みが、デザインリサーチだと言えます。 これを具体的に例を出してご紹介しますと、これは椅子です。どちらも世界的に有名な名作と言われる椅子です。「良いデザインの椅子はどっちだろうか」と考えると、「どちらも良い椅子だよね」としか言いようがないですよね。 しかし、きちんと問いを立ててあげれば、その問いに対する「良い椅子」はどちらなのかを判断することができます。 例えば左側の椅子ですが、バウハウスという有名なデザインの研究所があります。そこが「重厚で高価な家具ではなく、工業生産に適した素材と構造によって、軽くて合理的、かつ、より多くの人に届けられる椅子を作りたい」という観点から、この左側の椅子をデザインして作ったと言われています。画像では少し分かりにくいのですが、鉄パイプを何回か曲げて布を張るだけで椅子になるという、非常にシンプルに作られており、かつ座り心地も素晴らしいということで高く評価されている椅子です。 一方で、右側の「エッグチェア」と呼ばれる椅子ですが、こちらは作るのが非常に大変で、1個200万円ほどします。これは何のために作られたかというと、長旅を経てホテルに到着した人がロビーでリラックスできるように、「公共スペースの中でもプライベートな空間を提供できる椅子はどのようなものだろうか」という問いから、この右側の椅子が作られたと言われています。 これも、写真からだと少し分かりにくいのですが、座ったときにこの出っ張りが顔を覆うようになっています。そのため、左右からの視線があまり気にならないという椅子です。皆さん、どこかで見かけたらぜひ一度座ってみてください。公共空間であっても、かなり個室感があります。 このように、単に「良いデザインの椅子はどちらですか」と聞かれると難しいのですが、その背景や文脈、作られた理由を考えると、「こちらの方が良いよね」と答えることができます。 要するに、「より多くの人に届けられる椅子を作りたい」という問題設定に対して、右側の椅子を作ってしまうと、「いや、そもそも座り心地はいいかもしれないけれど、全然目的を達成していないよね。ふざけるなよ」ということになります。 こういった「どのような問いを解決してあげたらいいのか」を提示することを、デザインリサーチとして、色々な人とコラボレーションしながらやらせていただいています。 もう少しお話ししますと、デザインリサーチとは、プロダクトを作るプロセスそのものであると思っております。一般的な製品開発の流れを図に表すと、以下のようになります。最初に「テーマ探索(どのようなものを作るのがいいか)」があり、その上で「商品企画」があり、「製品開発」を行います。その後「量産」(デジタルの場合は量産フェーズがなかったりしますが)があり、QA、リリースという流れがあります。 私たちがデザインリサーチをどこで行うかと言いますと、左側のテーマ探索や商品企画、製品開発のようなフェーズでは、ユーザーがどのようなものを望んでいるのか、あるいはそもそもどのように生活し、どのようなニーズや課題を持っているのかを探索するリサーチを行っています。 一方で、QAやリリース後については、私たちが作ったものが正しくユーザーに届いているのか、あるいはそれによってユーザーの課題や困りごと、ニーズが満足に達成できているのかを評価する、といったリサーチを右側のフェーズで行っています。 そのため、「デザインはいつやっているのですか」「デザインリサーチはどこでやっているのですか」と聞かれると、最初の部分でやっているのだろうと思われがちなのですが、実際は最初の部分で行うこともあれば、製品を作っている最中や、リリース後にも行っています。 では、具体的にリサーチではどのようなことを行うのかと言いますと、一例として、インタビューを行ったり、オブザベーション(観察、つまりユーザーが製品をどのように使っているか観察すること)を行ったり、ワークショップやログ分析を行ったりしています。 定性評価、定量評価といった分け方をすることもありますが、本当にもう色々なやり方があり、とにかく様々なアプローチで「ユーザーをいかに理解するか」ということを私たちは常にやっています。 デザインのお話を少しさせていただきましたが、次に、デザインから見たユーザーというお話をさせていただきたいと思います。 今回、この講演のタイトルを『誰のためのリライアビリティ』とさせていただきましたが、先ほど「SREを完全に理解した」と申し上げた通り、私もそれなりに分かっているつもりです。本にはよく「ユーザーのため」と書いてありますが、これは合っていますか?大丈夫ですか?はい。 そこで、SREの皆さんから見たユーザーと、デザインから見たユーザーで、どのようなギャップや共通点があるのかを少し考えてみたいと思います。 そもそも、デザインの世界には「誰のためのデザイン」という問い、あるいはそのタイトルの有名な本があります。もしデザイナーでこの本を知らなかったら、モグリだと言われるほどです。 この本は、ユーザーだと想定する人々が、実際にはシステム、プロダクト、サービスをどのように理解し、どのように行動しているのか、そしてその現実に合わせてサービス設計ができているか、ということを追求した本です。 著者のドナルド・ノーマンは、別の書籍や講演で "We must design for the way people actually behave, not the way we would like them to behave" と述べています。これは、自分たちの頭の中で「ユーザーはこうやって行動してくれるよね」と思い描いてデザインやものづくりをしてはいけない、ということを意味しています。 これは非常に重要なことだと思います。デザイナーであっても、ついつい理想のユーザーを想定してデザインしてしまいます。「ユーザーはきっとこうだろう」「こういうことに困っていて、こういうものを欲しがっているのだろう」と妄想で思い描いて、そこに向けてものを作ってしまうというのは、やりがちな失敗です。 そのため、この本は一種の戒めとして、本当のユーザーがどうであるのかを常に理解し、理解しようと試みなければいけないということを教えてくれています。 では、ユーザーとはどのようなものなのかをお話しします。SRE関連の書籍やYouTubeなどを見ていて思ったのは、「ユーザーが大事」と言いつつ、ユーザーに対する踏み込みが少し足りないのではないかということです。もし十分に踏み込んでいたら申し訳ありません。 デザイナーからすると、ユーザーがそもそも誰なのかを考える際、基本的には「属性」「文脈」「目的」の3つで捉えることが多いです。 属性というのは分かりやすく、年齢、職業、性別、役割、あるいは利用頻度といった、定量的に表現しやすい情報です。 文脈というのは、急いでいる、初めて使う、屋外にいる、あるいは障害対応中であるなど、その人がどのような状況でプロダクトやサービスを使っているのか、という部分です。 そして目的は、予約を確定したい、支払いを完了したい、移動したいなど、プロダクトやサービスを使うことで何を達成したいのか、ということです。 デザインにおけるユーザーは、およそこの「属性」「文脈」「目的」の3つの組み合わせによって定義されます。属性だけで「ユーザーはこういう人だから、その人のためにものを作ろう」と考えてしまうと、同じ属性であってもニーズはバラバラです。私自身を例にしても、朝の通勤中に何かを使うときと、夜テレビを見ながらリラックスしてサービスを使うときとでは、期待値やニーズが異なります。 そのため、属性だけでは足りず、文脈や目的を必ず意識するのが、デザインの世界でのユーザーの捉え方です。 もう一つ、「ユーザー」という言葉は難しく、結局のところ、サービスを使っているときだけがユーザーなのです。これはどういう意味かというと、朝起きて「自分はメルカリ(あるいは他のサービスでも構いませんが)のユーザーだ」「ドレスコードのユーザーだ」と意識する人はほとんどいない、ということです。 ですから、文脈や目的をしっかりと捉えた上で、「私たちのユーザーはこのような人たちで、この文脈でこの目的でサービスを使っている」ということを意識しながら、どのような価値を提供したいのか、どのようなニーズや課題があるのかを定義していくことが非常に重要になります。 このような属性・文脈・目的を、デザイン the 現場では「ペルソナ」として描き、チームの共通理解とすることが非常に多いです。 ペルソナとは、名前や年齢・性別・職業といったデモグラフィック情報、抱えているニーズや課題、サービスの利用方法、サービスへの期待などを1枚にまとめたものです。これを用いて、「佐藤さんならこのサービスをこのように使うだろう」「こういうときに困るのではないか」といった議論をするためにペルソナを使用します。 しかし、SRE関連の書籍を数冊拝見したところ、ペルソナという言葉が一切出てきません。ちなみに、職場でペルソナを使っているという方はいらっしゃいますか?いらっしゃるのですね、素晴らしいです。ただ、書籍にはなかなか出てきません。これはなぜなのでしょうか。 そのあたりは後ほどディスカッションできればと思いますが、私は初心者ながら、SREにおいては「ユーザー」という非常に漠然とした言葉で提供価値を定義してしまっていることが多い印象を受けました。そのため、ペルソナという手法がSREの文脈でも非常に役立つのではないかと考えております。 もう一つ、「ジャーニー」についてです。最近のSREでも「Critical User Journey」といった言葉が出てきますが、ジャーニーの範囲が少し狭いのではないかと気になっています。 デザインの文脈におけるジャーニーの一例として、ヨーロッパの鉄道会社の事例を紹介します。旅行の計画を立てるところから始まり、最後は旅行が終わって振り返り、口コミで友人に「この体験がすごく良かった」と伝えたり、SNSに投稿したり、ブログを書いたりするプロセスまでを含めてジャーニーを描きます。 一方で、SREの文脈におけるCritical User Journeyなどを見ると、あくまで「システムを利用している最中のステップ」が非常に詳細に描かれています。障害対応や分析を通じてシステムの信頼性を上げるという意味でそれが重要なのはよく分かりますが、その前後の範囲をもう少し広げてサービス全体として捉えることで、信頼性を確保する上で本当にどこが重要なのか、局所最適になっていないかを検討できるのではないかと思います。 ペルソナやジャーニーについてデザインの観点からお話ししましたが、デザインの世界で非常に重要視されていることとして、「ユーザーを妄想で決めない」という点があります。これは先ほどお話しした内容とも重なります。 仮説として「おそらくこのようなユーザーがいるだろう」「自分たちのユーザーはこういう人たちだ」と定義すること、最初の段階で仮説を作ることはもちろん問題ありません。ただ、それを「確かめる」という工程がないのは非常に良くないことです。インタビュー、観察、ログ分析、問い合わせ対応など、色々な方法があると思います。 定義したユーザー像が本当に正しいのかどうかを確かめないことは、デザインにおいては非常にNGな行為とされています。私たちは色々な方法で確かめます。 実際、私たちのプロジェクトでも、インタビューを通じてどのような人がいてどのようなニーズがあるのかを把握し、価値提供の対象を定義します。また、関係者を一堂に集めてワークショップを行うこともあります。例えば、お台場にある科学未来館でのプロジェクトでは、普段お客様を案内しているスタッフ、経営層、バックオフィスのメンバーなど様々な方を招いてワークショップを行いました。そこで「実際のお客様はどのようなことに困っているのか」「どのようなニーズがあるのか」をディスカッションし、ユーザー像を定義しました。 このように、デザインの世界においてユーザーをどのように捉え、どのようなアプローチをとっているのかを少し紹介させていただきました。 続いて、デザインの観点からSREを見て感じた違和感についてお話ししたいと思います。これについては先ほどのペルソナの話とも重複しますので、スキップいたします。 皆さんはSLOなどにおいて、例えば「99.9%」といった数字で目標を管理されているかと思います。しかし、「それらの数値は一体何を守るためにあるのだろうか」と考えたことはありますでしょうか。API의 レスポンス速度など、色々な数字があると思います。それらが「ユーザーに提供する価値」とどのように結びついているのか、どの程度意識されているでしょうか。 これは非常に難しい部分であり、実は私たちも同じような過ちを犯しがちです。プロダクトやサービスを作る際、「これくらいのスペックがあればいいよね」という議論をよく行います。 先日、医療用画像を分析するシステムを開発している企業の方と議論をしました。レントゲン画像などから「怪しい影」を検出するシステムです。その際、検出の精度が画像上でどの程度ずれても許容されるのか、という話をしました。 お医者様にヒアリングを行ったところ、「怪しい影がある場所を特定し、その部分の色を変えて表示したい」という要望がありました。しかし、レントゲン画像はデジタル画像とはいえ、どこからどこまでが怪しいのかを厳密に定義するのは難しいものです。しかし、お医者様は「0.1ミリ単位でここがおかしいと示してくれないと困る」と仰いました。 もちろん精度が高いに越したことはありませんが、そもそもレントゲンを撮ってから実際に手術をする際、患者さんの体は動きます。0.1ミリどころか数ミリ単位でずれます。それなのに「0.1ミリ単位の精度」で検出することに本当に意味があるのか、という話を先日させていただきました。 これと似たような状況がSREにも言えるのではないかと思います。例えば「99.9%の信頼性が必須」とした場合、それがユーザーのベネフィット(価値)にどの程度繋がっているのか、あるいはどのような根拠でその目標値を定めているのか。もちろん、ユーザーの行動やニーズ、困りごとに基づいて決定している企業様もたくさんあると思います。しかし、もし「数字の『9』がたくさん並ぶとかっこいいから」といった、なんとなくの理由で定めているのであれば、一度ユーザーが本当に望んでいることが何なのかを意識してみることをお勧めします。 少し厳しい意見を申し上げてしまいましたが、基本的にはデザイナーもSREも「ユーザーに良い体験や価値を届けたい」という目的は同じはずです。可能であれば、お互いに手を取り合って、一緒に良いものを作っていければと考えております。 そこで、具体的にどのようなコラボレーションができるのか、少しご提案させていただきます。 まず1つ目は、「ユーザー」という言葉を使うのをやめてみませんか、という提案です。ユーザーという pedagogical な名詞ではなく、具体的な「活動」として捉えて議論するのが良いのではないかと思います。つまり、「誰が、どのような状況で、何のためにサービスを利用しているのか」という視点です。 AIで作った図がありますが、これらも単に「システムのユーザー」として一括りにすることもできます。しかし、どのようなニーズを持っているか、例えば「在庫がなくなる前に迷わず再注文したい店舗の担当者」や、「体調不良が強い状態で検索結果の意味と次に何をすべきかを確認したい患者さん」といったように、単に「ユーザー」と呼ぶのではなく、どのような困りごとやニーズを持ち、どのようなシーンでシステムを使うのかを明確にした上で議論できると、より深みが増すと思います。 2つ目は、SREの皆さんもぜひユーザーに会いに行ってほしい、ということです。これまでにユーザーインタビューを行ったり、実際にユーザーに会いに行ったりしたことがある方はどのくらいいらっしゃいますか?素晴らしいですね。とても素晴らしいと思います。 私たちUXリサーチャーやデザイナーもそうですが、デザインの仕事がデザイン組織だけで完結するものだとは思っていません。むしろ、PM(プロダクトマネージャー)だけでなく、SREの方、セールス、カスタマーサクセス、サポートなど、様々な職種の方々と一緒に、ユーザーを知り、観察し、解釈していくことが大切だと考えております。 特に、SREの仕事とデザインリサーチの仕事は非常に親和性が高いと感じています。例えば、SREが持っているログ、メトリクス、障害履歴、構成変更などの「観測可能なデータ」と、UXリサーチやデザインリサーチが持っているインタビュー、観察、問い合わせ、その時ユーザーが何を考え、何に困っていたのかという「定性データ」を突き合わせる。お互いに手を組んでデータを持ち寄り、「ここから何が言えるのか」「どうすればユーザーにより大きな価値を届けられるのか」を一緒に議論できると、非常に良い成果に繋がるのではないかと思います。 ですから、もし社内にUXリサーチャーやデザイナーがいらっしゃれば、来週月曜日、あるいは来週中くらいに一度、「何か一緒にできることはないですか?」と聞いてみてください。聞かれたデザイナー側も決して悪い気はしないはずです。ぶっちゃけて言えば、一般的なデザイナーからすると、SREは「どのような仕事をしているのかよくわからない、得体の知れない人」と思われているかもしれませんが、「一緒にできることはないか」と声をかけられて嫌な気持ちになる人はいません。「私たちはこのようなデータを持っているので、一緒にユーザー理解を進めませんか」と、ぜひ積極的に声をかけていただきたいなと思っております。 一方で、これはデザイナーの悪い癖なのですが、デザイナーはユーザー体験を良くするために、時に好き勝手なことを言ってしまいます。 例えば、「システムにすぐ変更が反映される」「パーソナライズされる」「複数チャネルでシームレスに繋がる」「途中から再開できる」「状態が自動的に同期される」といった体験を、デザイナーは大好きです。しかし、それを作る側や維持管理する側からすると、非常に大変なことだと思います。 ただ、デザイナーもむやみやたらにエンジニアの方や他部署の方に負担をかけたいと思っているわけではありません。ですから、実装チームはもちろんのこと、その後のメンテナンスや運用管理も含めて、最適なバランスを一緒に探していきたいと考えております。そうした部分でも、デザイナーとSRE、あるいは運用監視を担当するチームとがコラボレーションしながら、最も良い按配の着地点を見つけられると素晴らしいのではないかと思います。 時間もちょうど良い時間になってまいりましたので、本日の講演は終了とさせていただきます。 本日はご清聴いただきまして誠にありがとうございました。 --- **司会:** ありがとうございました。 この後は「Ask the Speaker」を行います。セッションについての質問や感想は「Ask the Speaker」でお願いします。 次のセッションは、長谷川寛さんによる『生成AIに意思を任せる、自律自走で仲間を集める一人目SREがAIと組織化を最大化した軌跡』です。14:35から始まります。