# ソニー銀行におけるビジネスアジリティ向上のためのクラウドシフト戦略 > [!info] Talk metadata > - **会議:** [[SRE NEXT 2026 参加録]]、Day 2(2026年7月11日)、Track B、17:05-17:45 > - **登壇者:** 福嶋達也(ソニー銀行株式会社 執行役員) > - **登壇者略歴:** 大学院修了後にメガバンクを経て2004年にソニー銀行株式会社入社。銀行システムの企画、開発、管理に一貫して従事し、2016年より現職。2025年からはソニーフィナンシャルグループ株式会社の執行役員(情報セキュリティ)も兼務。 > - **URL:** https://sre-next.dev/2026/schedule/#slot114 > - **スライド:** 未公開(SRE NEXT運営による資料まとめ記事(2026年7月13日時点)でも本トークのスライドは未掲載) > - **出典:** [[ソニー銀行 - source|一次ソース(公式アブストラクト、登壇者略歴、話者があらかじめ整理したアジェンダ形式の文章)]] > [!note] 日付とソースに関する注記 > `event_date`・会場・時間は公式スケジュールページ(https://sre-next.dev/2026/schedule/#slot114 )で確認済みの値である。 > なお本ソースは、話者自身が講演のアジェンダに沿ってあらかじめ整理した文章(1〜11番の番号立てされたアウトライン)であり、他の登壇と異なり生の逐語書き起こしではない。 > [!abstract] 概要(登壇資料の講演紹介文より) > ソニー銀行は、ビジネスアジリティ向上を目指し、2013年からAWSを活用したクラウドシフト戦略を推進している。 > 周辺系システムから移行に着手し、2019年には財務会計システム(総勘定元帳)をAWS上で稼働させた。 > その上で、昨年クラウドネイティブな勘定系システムの構築を実現した。 > 本セッションでは、こうした同社のクラウドシフト戦略について、事例を交えて紹介する。 ## ソニー銀行の概要とクラウドシフト戦略の目的 ソニー銀行株式会社は2001年に開業した銀行である。 日本では1990年代まで銀行の新設が事実上できず、当時の都市銀行や地方銀行で顔ぶれが固定化されていたが、その後の規制緩和によって異業種参入、新規参入と呼ばれる新しい銀行が誕生する流れができた。 ソニー銀行はその中でも最も古いネット銀行の一つであり、当時ジャパンネット銀行(現在のPayPay銀行)に次いで早い時期に新規参入した銀行の一つである。 会社の構成としては、持株会社であるソニーフィナンシャルグループ株式会社の100%子会社であり、兄弟会社にソニー生命保険、ソニー損害保険がある。 事業面では外貨預金に強みを持ち、外貨預金をそのままデビットカードとして使うことで、アメリカ滞在時にドル建てのまま決済できる、外貨預金と一体化したサービスを提供している。 ソニー銀行は2013年からAWSを中心にクラウドサービスの本格利用を開始した。 日本の金融機関としては早い時期の取り組みである。 周辺系システムにとどまらず、勘定系(基幹系)まで含めた全方位でクラウド化を進め、昨年にはクラウドネイティブな勘定系システムを稼働させ、全方位でのクラウド化を完了させている。 銀行業界では一般に、クラウド化がまだ十分に進んでいないというのが話者の認識であり、この講演はクラウドオンリー、フルクラウド化を進めてビジネスアジリティを向上させたという取り組みを紹介するものである。 この取り組みの目的である**ビジネスアジリティ**とは、IT投資の大半を占める「守りのIT」を「攻めのIT」に振り向けること、新しいサービスをスピーディーに導入すること、新しい技術を使って外部と柔軟に連携することを指す。 クラウド化は、この「ビジネスアジリティ」を向上させるための手段であり、目的そのものではない。 ソニー銀行はこの取り組みの背景を、現代を**VUCA**(変動性 Volatility、不確実性 Uncertainty、複雑性 Complexity、曖昧性 Ambiguity)の時代と捉えることで説明している。 先の予測が難しい時代においては、新しいチャンスが生まれた際にスピーディーに乗ること、不都合や改善余地に対してクイックに反応できることが重要であり、この理解を一言で表したものが「ビジネスアジリティ」である。 金融機関向けにはこれをさらに**QCD**(Quality、Cost、Delivery)とも言い換えており、金融機関として担保すべき品質を確保した上で、少しでも安く、少しでも早く作ることを目的としている。 この目的を実現する手段として、ソニー銀行は先進的な技術や方法論の活用を掲げている。 なんでも自前で作るとコストも時間もかかるため使えるものは積極的に使うこと、局所的には密結合の方が早く作れる場合でも、全体を長い時間軸で見れば粗結合(ルースカップリング)の方がコストパフォーマンスに優れるという考え方を採用したことの2点である。 そして、商品サービスを作るうえで最も手を入れる必要があり、かつては最も硬く最も高い信頼性が求められていた勘定系システムについても、クラウドネイティブ化を進める方針とした。 ## 典型的な銀行システムとの対比 多くの地方銀行、メガバンクにおいては、銀行の中核である勘定系システムがメインフレーム上でCOBOLによって稼働しており、内部のシステム構造は複雑化しているのが実情である。 銀行によってはCOBOLですらなくPL/Iで書かれていたり、一部ではアセンブラが使われていたりする例もあるという。 周辺系システムについても、クラウド利用はまだ道半ばの銀行が多い。 このため、既存システムを維持するためだけのコスト、いわゆる「守りのIT」が予算や人的資源の大半を占め、「攻めのIT」に振り向けられる余地が少ないのが実情である。 新しいサービスを作ることはできても、スピーディーに投入することが難しい。 基本的な取引についても、日中は即時にできても夜間は翌営業日扱いになる銀行が多く、振込は即時化が進んだものの、定期預金の新規作成や解約は夜間には翌営業日扱いになる例がまだ多い。 これに対しソニー銀行は、昨年、勘定系という「本丸中の本丸」をマイクロサービスの概念でクラウドネイティブに構築してローンチし、周辺系システムについてもAWSを中心にクラウド化を実現している。 その結果、銀行業界の中では相対的に攻めのITへ多くのリソースを割ける状況にあり、商品サービスを作る際に最も手を入れる必要がある勘定系システム自体が触りやすくなっているため、新商品や新サービスをスピーディーに投入できる。 これがソニー銀行の優位性である。 ## クラウド化がもたらす6つの優位性 ソニー銀行は、クラウド化がもたらす優位性を6つのキーワードで整理している。 これらは特別な優位性ではなく、クラウドを積極的に活用すれば一般に得られるメリットであり、銀行システムとして全面的にクラウド化しているからこそ、そのメリットを素直に享受できているという理解である。 上位の3つ、コスト削減、スピーディーな開発、外部連携のしやすさは、ここまでの説明とも重なるが、確実に得られている効果である。 かつてオンプレミスで全てを構築していた頃は、システムを維持するだけで大きなコストと労力がかかっていたが、クラウド化によってその分を新商品の導入や事務改善へのIT投資に振り分けられるようになった。 アーキテクチャ自体を組み直したことで、非常に高い生産性でのスピーディーな開発も実現している。 連携先企業の多くがAWS上にシステムを実装しているため、互いにAWS上にいるというだけで連携がしやすく、新しい技術の導入も容易になっている。 下位の3つ、セキュリティ、可用性、スケーラビリティは、ソニー銀行としてはむしろこちらの方が重要だと捉えている。 セキュリティについては、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)関連の事案が話題になる中、これをオンプレミスで対応するのは負荷が高いが、AWSに守られている部分が大きく、自前対応よりも高いセキュリティを実現できている。 可用性については、東京リージョンをマルチAZ構成で使うことで、オンプレミスで言う複数データセンターの同時利用に相当する構成を相対的に低いコストで実現しており、さらに国内の大阪リージョンを併用したマルチリージョン構成によって高い可用性を得ている。 スケーラビリティについては、オンプレミスでは信頼性確保のためピークを想定したキャパシティプランニングが必要になり無駄なコンピューター資源を抱えることになるが、クラウドでは利用量に応じてスケールする部分が多く、システムの規模をより柔軟に調整できる。 ## 段階的な移行の道のりと大阪リージョン誘致 ソニー銀行は2013年以降、オンプレミスシステムの保守期限や業務パッケージの入れ替えといったイベントのタイミングに合わせて、コツコツとAWSへの移行を進めてきた。 最初に着手したのは周辺系システムである。 2019年には、銀行の財産の状況を把握する**総勘定元帳**の部分を勘定系システム本体から切り出して新しくするプロジェクトを実施し、この際に大阪リージョンも使い高い可用性を確保しながら移行を行っている。 その後も新しいサービスをAWS上で稼働させながら、昨年、勘定系システムそのものをAWS上でローンチさせた。 もっとも、ソニー銀行はAWSにフォーカスした講演の機会が多いためAWSしか使っていないように見られがちだが、実際には他のクラウドサービスも積極的に活用している。 Salesforceは10年以上前から利用しており、一般的な業務ではMicrosoft 365を、一部のデータ分析やマーケティングの領域ではGoogle Cloudも利用している。 大阪リージョンの開設には、ソニー銀行自身の働きかけが関わっている。 2013年にAWSの利用を検討した際、勘定系システムでの利用にほぼ十分だという内部の判断があったが、唯一「国内に第2リージョンがない」ことが致命的な課題だと考えた。 そこで2014年の夏頃から、複数回にわたり国内AWSの主要な関係者や米国本社の担当者に対して、国内第2リージョンの必要性を訴え続けた。 他の企業からも国内第2リージョンを求める声はあったようだが、ソニー銀行が最も具体的かつ強く要望した結果として大阪ローカルリージョン、そして大阪リージョンの開設に至ったと聞いている。 当時、アメリカ以外の国でAWSが複数リージョンを持つのは日本が最初だったという。 説明にあたっては、日本で求められる高い信頼性、電力の周波数が50Hzと60Hzで国内で分かれている事情、地震が多く火山の上にある国土という事情を、米国本社に丁寧に説明したという。 ## セキュリティとリスクアセスメントの体制 ソニー銀行は、クラウド化を進める各段階でシステムリスクのチェックを繰り返し実施してきた。 まず周辺系システムに限定してAWSを利用する段階では、当局の規定や**FISC**(金融情報システムセンター)が定めるガイドラインに基づき、ソニー銀行独自の観点も加えたチェック項目を用意し、綿密な点検を行った。 これはもともとオンプレミス向けに用意されていたチェック項目をAWS向けに焼き直したものであり、個別の確認を含めた点検と計画承認を経て、周辺系での活用を開始している。 「総勘定元帳」の移行にあたっては、銀行の中核システムであることから、社会動向を踏まえて更新した、さらに詳細な最新のチェックリストで点検を行った。 そして、勘定系システムそのものを導入する判断の手前では、全行で使うためのさらに詳細なチェックを実施しており、この3つの段階を合わせて大きく3回の細かなアセスメントを行ったことになる。 これに加えて、AWSなどの重要なクラウドサービスや委託先については、毎年チェックを継続している。 世の中のセキュリティ動向の変化に応じて、チェックの観点も年々見直されているという。 ## 新勘定系システムの技術詳細 2010年頃のソニー銀行のシステムは、短期間で様々な商品サービスを打ち出すために勘定系システムへ機能を詰め込む密結合な作り方をしており、開業から10年ほどで内部構造が複雑化していた。 そこから、切り出せるサブシステムを切り出し、2013年以降はクラウドに移行できるものを移行し、最後に勘定系本体をクラウドネイティブな形で全面的に作り直すという順序で刷新を進めてきた。 一般的な銀行の勘定系システムは、大半がメインフレーム上でCOBOLによって稼働している。 一部の銀行では「クラウド勘定系」と呼ばれるものも登場しているが、実態は専用型のIaaSレベルにとどまり、その上でCOBOLが動いている段階にとどまるというのが話者の見立てである。 これに対しソニー銀行の新勘定系システムは、サーバーレスで構築されており、マイクロサービスの考え方でコンテナに実装されている。 既存の勘定系プログラムはCOBOLではなくC言語で書かれていたという、勘定系システムとしては珍しい構成だったが、一括変換のような手法は用いず、古いソースコードを一切残さずJavaで全面的にフルスクラッチで書き直した。 新勘定系システムのスコープは一般的な銀行の勘定系よりも広く、インターネットバンキング、オープンAPI、営業店システム、対外接続なども含む範囲を一つのシステムとして構築している。 インターネットバンキング機能については、従来型のWebサーバーを新たに立てるのではなく、**BFF**(Backend For Frontend)でフロント系のシステムを制御するアーキテクチャを採用している。 インフラ面では、AWS上で240を超えるサービスを利用しており、仮想サーバー(EC2など)は必要性がある箇所に限って使い、基本的にはAWSのマネージドサービスを最大限活用している。 コンテナはECS on Fargateで稼働させ、実際のコンテンツや画像はS3に格納し、CI/CDはAWSのCodeシリーズで構築している。 可用性の面では、普段は東京リージョンで稼働させながら全てマルチAZ構成を取り、データベースは常時大阪リージョンに同期を取っており、東京側で万一の事態が起きた場合には大阪でシステムがそっくりそのまま稼働できる構成になっている。 マイクロサービスの粒度については設計時に議論があった。 当初は一般的なマイクロサービスの概念での構築も検討したが、そうするとデータの整合性を取るための仕組みを別途作り込む必要が生じる。 マイクロサービス化そのものを目的とするのではなく生産性の向上という目的に立ち返り、銀行業務のトランザクション保証にフィットするよう、一般に言われるマイクロサービスよりもやや粒度を大きくして実装した。 後から振り返ると、この考え方はミニサービスやモジュラーモノリスといった議論とも通じるという。 移行にあたっては、本番業務と顧客向けサービスを止めて連休を使う移行リハーサルを4回実施した。 本番移行の実施においては、経営層の意思決定を伴うチェックポイントを10回設け、慎重に切り替えを行った。 ## クラウド化がもたらした消費電力の削減 クラウド化は必ずしも意図した狙いではなかったが、副次的な効果として消費電力の削減が得られている。 オンプレミスで全てのシステムを運用していた場合と比較すると、一部は理論値による計算を含むものの、消費電力を8割以上削減できた。 ## AIを活用したシステム開発と運用の展望 ソニー銀行は今後、クラウド化によって得られたスピーディーな開発環境を活かし、新しい商品、新しい外部連携、新しい技術を用いて商品サービスを導入していく方針である。 一般的な銀行では最も保守的になりがちな勘定系システムが、ソニー銀行では最も先進的な領域になっているというのが話者の自己評価である。 昨年から、勘定系システムや新商品の開発においてAIを活用したシステム開発に着手しており、一部はプレスリリースでも公表済みである。 具体的には、最も成果を出しやすい設計とテストの工程で活用しており、統合開発環境として**Amazon Q Developer**を使い、CodeWhispererなども利用している。 今後の検討事項としては、運用面でDevOpsエージェントを使った障害対応の迅速化、セキュリティ領域でセキュリティエージェントの活用を具体的に検討しており、数か月以内の実運用開始を見込んでいる。