# **SCA/HPCAsia 2026 採択論文の分析レポート** ## **はじめに** SupercomputingAsia 2026 (SCA 2026) と **HPCAsia 2026** は、2026年1月26日から29日に大阪で合同開催されたHPC分野の国際会議イベントです 。SCAは2018年から毎年開催されているアジア太平洋地域のHPCイベントであり、HPCAsiaは1990年代から続くHPC技術の国際会議です 。本レポートでは、SCA/HPCAsia 2026で採択された査読付き論文(ポスター発表を除く)**約37本**について、研究分野・テーマの傾向、注目分野、使用技術、応用領域、著者の所属・国別分布などを総合的に分析します。主要なトピックの頻度や比率については表やリストを用いて整理し、特定の分野への偏りが見られる場合には、その背景にある技術動向についても言及します。 ## **全体傾向の概要** SCA/HPCAsia 2026の採択論文は全部で約37本にのぼり、高性能計算(HPC)の広範なテーマをカバーしています。会議の募集分野は**(1)応用 & アルゴリズム**, **(2)アーキテクチャ & ネットワーク**, **(3)機械学習・AI・新興技術**, **(4)プログラミングモデル & システムソフトウェア**, **(5)データ・ストレージ & 可視化**の5つに大別されました 。実際に採択された論文もこれらに対応する形で、多様なカテゴリーに渡っています。特に以下のようなテーマに関心が集中していました: - **量子コンピューティングとHPCの統合** – 量子計算関連技術をHPCに取り込む研究 - **AI・機械学習とHPCの融合** – 大規模AIモデルのためのHPC活用、AIを用いたHPC支援 - **HPCアーキテクチャ・ハードウェア** – 最先端アクセラレータやネットワーク技術、次世代メモリの活用 - **HPCシステムソフトウェアとプログラミング** – MPI通信最適化やジョブスケジューリング、新たな開発フレームワーク - **HPC向けアルゴリズムと応用** – 数値計算手法の高速化、科学技術計算アプリケーションへの適用 - **データ管理と可視化** – HPC上でのI/O性能改善、インシデント可視化手法  (※該当論文数は少数) 各論文を主要テーマで分類すると、**量子コンピューティング関連**が約8本、**AI・機械学習関連**が約7本、**HPCアーキテクチャ/ハードウェア評価**が約8本、**HPCシステムソフトウェア/ネットワーク**が約5~6本、**従来型のHPCアルゴリズム・数値計算/応用**が約10本程度という構成でした(1論文が複数テーマにまたがる場合もあります)。以下では、主要なテーマごとに動向を詳細に分析します。 ## **主要テーマ別の詳細分析** ### **量子コンピューティングとHPCの統合** 今年の特徴として**量子コンピューティング**に関する研究が目立ち、少なくとも8件(全体の約2割強)の論文が量子計算関連のテーマを扱っていました。これらはHPCと量子技術の架け橋となる内容で、具体的には以下のようなものです: - **量子ソフトウェアとHPC統合**: 量子計算用ソフトウェアツールをHPCフレームワーク(例えばMLIRなど)に組み込む試み 。採択論文「Integrating Quantum Software Tools with(in) MLIR」では、量子プログラミング用ツールチェーンをHPC環境に統合する手法が議論されました 。また、**異種量子技術を統合したソフトウェアスタック**についての論文もあり、ユーザから量子リソースを使いやすくするHPC視点のソフトウェア基盤が提案されています 。 - **量子計算シミュレーション**: 既存のHPCリソース上で量子計算を模擬する技術も複数報告されました。例えば**複数量子ビット系の古典シミュレータ**に関する研究 (論文「GCAMPS: A Scalable Classical Simulator for Qudit Systems」)では、高性能計算機上で多値量子ビット(クワイト)の動作を大規模にシミュレーションする手法を扱っています 。また**量子ハードウェアを模倣するプラットフォーム(エミュレータ)**についての論文「EmuPlat」では、量子回路コンパイラからパルス制御までを統合的にエミュレートするHPC基盤が提案されています 。 - **NISQデバイス向けのアルゴリズム最適化**: 量子コンピュータのノイズが多い現世代(NISQ)機に対応した**量子データ読み込み(QRAM)の手法**や、**量子探索アルゴリズムの実装**も議論されました 。例えば「Design of a Superposition-Based Approximate QRAM for Noise-Tolerant Quantum Machine Learning」では、量子機械学習のためのスケーラブルなQRAM設計が扱われています 。また「Deterministic Quantum Search for Index Retrieval」では量子探索アルゴリズムをHPC上で実装・評価し、その確定的な実行方法を示しています 。 - **HPCと量子の協調計算**: HPCと量子計算機を接続・統合するアーキテクチャにも関心が寄せられています。論文「The X Quantum Software Stack: Connecting End Users, Integrating Diverse Quantum Technologies, Accelerating HPC」では、多様な量子アクセラレータをHPCに組み込み、エンドユーザが透過的に利用できるソフトウェアスタック構想が示されました 。また**量子処理装置 (QPU) 上でHPC型の計算カーネル**(ステンシル計算)を実行する試みも報告され、HPCで培われたアルゴリズムを量子側に応用する研究も見られました 。 このように、**量子計算とHPCの融合**は重要トレンドとなっており、全体の約22%を占める論文が関連していました。背景には、各国のHPCセンターが量子コンピュータとのハイブリッド計算に注力し始めていることが挙げられます。実際、本会議でも量子計算(QC)分野の専門家が基調講演に招かれるなど、HPCコミュニティにおける量子技術への期待がうかがえます 。近年のNISQデバイスの進展や、将来のポストムーア時代を見据え、**HPCインフラに量子を取り入れる動き**が活発化していることが、これら論文数の多さの背景にあると考えられます。 ### **AI・機械学習とHPCの融合** **AIや機械学習とHPCの交差領域**もSCA/HPCAsia 2026で大きな比重を占めました。少なくとも7件(約19%)の論文がAI関連テーマで、HPCを用いて**大規模AIモデル(特に生成系大規模言語モデル: LLM)を効率良く動かす研究や、逆にAI技術でHPC開発を支援**する研究が見られます。主な内容は以下の通りです: - **大規模言語モデル (LLM) 向けHPC最適化**: 近年話題のLLM(例: GPT系)の学習・推論をHPC上で行うための最適化が複数報告されました。例えば、**LLM学習時の通信最適化**についての論文「Optimizing Intra-Layer Parallel Communication for LLM Training on Systems with Fully-Connected Mesh GPU Topology」では、GPU間がフルメッシュ接続されたシステム上での大規模モデル学習時の通信ボトルネックを低減する手法を提案しています 。また、**オンプレミス環境でのLLMサービス提供**を効率化するため、ユーザ特性に応じてトークン課金を差別化するリソース管理手法を探った研究 (「Exploring User Heterogeneity-Aware Differentiated Token Pricing for On-Premises LLMs」)もあり、大規模言語モデルを共有HPC資源上で運用するための経済性・公平性にも踏み込んでいます 。 - **AIモデルの学習効率化とメモリ管理**: 巨大なディープニューラルネットワーク(DNN)の学習をHPC上で効率化する論文も注目されました。例えば「PRISM: Profiling-Free Symbolic Memory-Driven Strategy Planner for Large DNN Model Training」は、プロファイリングに頼らずメモリ使用計画を自動生成して大規模DNN学習を高速化する手法を提案しています 。このようにHPCの観点から**メモリ階層や並列実行計画を最適化**し、AIモデルの学習を高速化・高効率化する取り組みが見られます。 - **AIを用いたHPCコード開発支援**: 興味深いアプローチとして、**大規模言語モデル(LLM)を利用してHPC向けコードを自動生成する**研究がありました。「ChatMPI: LLM-Driven MPI Code Generation for HPC Workloads」では、チャットGPTのようなLLMを活用してMPI並列プログラムのコード生成を行い、HPCプログラミングを自動化・簡易化する試みが紹介されています 。この研究はAIをHPC分野へ適用した例であり、HPC技術者の生産性向上につながる可能性があります。 - **科学技術計算へのAI応用**: HPC上で動作するAIモデルを使って科学技術上の課題を解決する応用研究もありました。例えば、**メッシュなし手法による物理インフォームドNN(PINN)** を心肺デジタルツインに活用し、異種混在HPCでリアルタイムシミュレーションを行う研究(「ClinTwin PINN: Real Time Patient Specific Cardiopulmonary Digital Twin」)では、医療分野へのHPC+AI応用として注目されます。また、**ゲノム情報から耐性菌を予測**する軽量CNN–XGBoostアンサンブル手法をHPCで実装した研究 (「AMR予測のためのシーケンスモチーフとゲノム特徴の融合」)もあり、生物情報学へのAI活用が報告されました 。これら応用系の研究は、特定分野の大規模データ処理にHPCとAIを組み合わせたものです。 - **HPCワークフローにおけるAI統合**: HPCシミュレーション中に機械学習推論を組み込む**インシチュML**もテーマとして登場しました。論文「High-performance in-situ ML Inference with _dalotia_: A Lightweight Tensor Loader API for Science Codes」では、科学計算コード内で軽量にAIモデルをロードして推論を行うためのフレームワークが提案されており、シミュレーションとAI解析のリアルタイム統合を実現します 。 以上のように、**AIとHPCの融合**も大きなテーマでした。背景には、近年のディープラーニングブームと、それに伴う計算需要の爆発的増大があります。特に**生成AI(チャットボットや画像生成など)の隆盛**により、それらを支えるHPCインフラ技術が求められていることが挙げられます。LLMの学習には超大規模計算が必要であり、HPC分野がその課題に応える形で研究を進めています。また逆に、HPC分野もAI技術を取り入れて開発効率を上げようとしており、両者の相互作用が進んでいることが論文傾向から読み取れます。大会の基調講演でもAI分野の著名研究者が招待され 、「AI時代のHPCの未来」が語られるなど、**AI×HPC**は現在もっともホットなトピックの一つと言えるでしょう 。 ### **HPCアーキテクチャ・ハードウェアの活用と評価** 従来からの**HPCアーキテクチャ**やハードウェア技術に関する研究も多く見られました。約8件(全体の約22%)が新しいプロセッサ、アクセラレータ、メモリ技術やネットワークに関するものです。具体的なテーマ例と傾向を挙げます: - **最新GPUアクセラレータの性能評価**: 次世代スーパーコンピュータで採用予定の新型チップに関する評価が登場しました。例えば、**AMDの次世代APU**「MI300A」(CPUとGPUを統合したエクサスケール向けアクセラレータ)について、消費電力や性能特性、GPUパーティショニング手法を評価した論文があります (「GPU Partitioning, Power, and Performance of the AMD MI300A」)。また、欧州JUWELSや日本のポスト「富岳」に関連する**NVIDIA Grace Hopper**アーキテクチャを搭載したシステム(Jupiterスパコン)での**疎行列演算性能の見通し**を分析した研究 (「What Will the Grace Hopper-Powered Jupiter Supercomputer Bring for Sparse Linear Algebra?」)も報告されています 。これらは新型HPC向けGPUの実機評価や見積もりを通じて、次世代HPCの性能課題を明らかにする内容です。 - **新興メモリ技術・インターコネクト**: メモリ階層やノード間接続の新技術に注目した論文もあります。例えば**CXL (Compute Express Link)** を用いたメモリ共有が通信に与える影響をモデル化し、メッセージ通信を不要にする可能性を評価した論文「Modeling the Potential of Message-Free Communication via CXL.mem」が採択されています 。また、**ネットワークトポロジーの自動検出**をユーザ権限で行うポータブルな手法を提案する論文(「Toward unprivileged, portable and generic network topology discovery」)もあり 、HPCクラスタの複雑化するネットワーク構成を把握する技術開発が報告されました。 - **再構成可能デバイス・特殊アーキテクチャ**: GPU以外のアクセラレータとして、**Coarse-Grained Reconfigurable Array (CGRA)** をHPCに活用する研究も見られました。論文「Towards Unified Acceleration: Weight-Stationary GEMM on HPC-oriented Elastic CGRAs」では、CGRA上で行列乗算(GEMM)を効率的に実行する手法を示し、GPUやFPGA以外の選択肢として注目されるCGRAの可能性を探っています 。また、**ArmベースCPU**のHPC性能に関する論文では、Armアーキテクチャ上で複数のコンパイラを比較しベクトル化効率などを評価しています 。Armは国内外のHPCで採用が進んでおり(富岳やヨーロッパの新システムなど)、その性能チューニングに関する知見を提供する内容です。 - **HPCクラウドとハードウェア共同設計**: クラウド上のHPCインフラについても分析がありました。例えばAzureクラウドのHPC向けインスタンス(HBv5 VM)を使い、**メモリ帯域に制約されるHPCワークロード**の性能を評価した論文「Cloud-Hardware Co-Design for Memory Bandwidth-Bound HPC Workloads」があります 。この研究はクラウド提供者と半導体企業(AMD)の協力により実施されており、商用クラウド上でHPCアプリを高速実行するためのプラットフォーム設計について知見を共有しています。 - **ネットワークと通信の性能向上**: HPCの通信性能を高める研究も引き続き重要です。MPI通信スタックをマルチコア環境でオフロードして並列I/Oの競合を減らす研究 (「Revisiting Communication Software Offloading for MPI+Threads」)や、大規模MPIジョブでのプロセス割り当て(ランクマップ)を**焼きなまし法**で最適化する手法 (「Rankmap optimization for large scale HPC applications」)が報告され、ノード内・ノード間の通信ボトルネックを解決する工夫が提案されました 。また、前述したネットワークトポロジー検出手法や、CXLメモリ活用による通信省力化の研究も含め、**ネットワーク・通信面の改善**は継続的に議論されています。 このように、HPCハードウェアとその活用に関する論文群は、新デバイスの登場やシステム規模の拡大に対応した**性能チューニングとボトルネック解消**がテーマとなっています。背景には、2020年代前半に各国でエクサスケール級スパコンが立ち上がり始め、さらなる性能向上のために**新技術(GPUの世代交代、CXLの実用化、チップレット統合など)**が矢継ぎ早に導入されている状況があります。HPCコミュニティはそれら新技術のメリットと課題をいち早く評価・分析しており、本会議でもその成果が共有された形です。特に日本は「富岳」後継の検討段階にあり、欧米も新型GPU搭載機を計画中であるため、**ハードウェア評価・最適化の知見**を競うような側面も見受けられました。 ### **HPCシステムソフトウェアとプログラミング手法** HPCを支える**システムソフトウェアや開発手法**に関する研究も複数ありました。これらはAIや量子のような具体的応用分野横断テーマではなく、HPCインフラそのものの効率や使い勝手を向上させる技術です。一部は上のカテゴリと重複しますが、ここでは特に**リソース管理・スケジューリング**や**プログラミングモデル**に関する論文を整理します: - **ジョブスケジューリングとリソース管理**: HPCシステムでのジョブ実行効率を高めるシステムソフトウェアの工夫が見られました。例えば、**ファイルシステムへのアクセス競合を低減**するために、ジョブスケジューラと連動したI/Oシミュレーションを行う「TRIOS」という手法が提案されています 。これはジョブ実行前にI/O負荷を予測し、競合を緩和するスケジューリング戦略で、HPCストレージ性能の最適化に寄与します 。また前述のLLM向けトークン課金モデルも、広義にはオンサイトAIサービスの**リソース割り当て戦略**と言え、HPC資源の効率的・公平な利用を目指す試みです 。 - **高性能な数値計算ライブラリ/アルゴリズム実装**: HPCソフトウェアの根幹である数値計算ライブラリに関する改善も多く報告されました。例えば、**行列演算 (GEMM)** における**精度と速度の両立**を図る研究では、Ozakiスキームを拡張して低精度Tensor Core(GPUの演算ユニット)でも倍精度GEMMの精度保証を行う手法が発表されています (「Guaranteed DGEMM Accuracy While Using Reduced Precision Tensor Cores」)。また**数論変換 (NTT)** をGPU Tensor Core上で高速化する実装手法 、境界要素法における**BLR圧縮行列**と細長行列の積を効率化するアルゴリズム 、GPU上での**低精度補間分解**(ID法)を用いた前処理の研究 など、数値線形代数分野での最適化論文が多数を占めました。これらはいずれもHPCで重要な行列計算・ソルバの性能向上に寄与する内容です。 - **並列プログラミングモデルと通信最適化**: MPI+X(Xはスレッド並列など)のモデルでオーバーヘッドを削減する工夫として、通信処理を専用スレッドやハードウェアにオフロードして競合を減らす手法が再評価されました 。論文「Revisiting Communication Software Offloading for MPI+Threads」は、多コア環境で通信ライブラリ処理を並列化し、計算スレッドとの干渉を低減する具体策を提示しています 。また前述のランクマップ最適化もMPIジョブの通信を高速化するための**自動チューニング**と位置付けられ、プログラミングモデルの性能向上策の一つです 。さらに、OpenACCやOpenMPのようなディレクティブ並列の活用はワークショップ等で議論されましたが、会議論文でもGPU向け高階言語モデルの取り組みが散見されます(例: OpenMP/LLVMベースの最適化などが投稿分野には含まれていた可能性があります)。 - **コンパイラ・コード生成**: 前述のLLMを使ったコード生成(ChatMPI)以外にも、HPC向けコンパイラ技術として**MLIRフレームワーク**に量子計算を取り込む研究 や、複数コンパイラ間でのコード性能差を検証する研究 がありました。コンパイラはプログラミングモデルとハードウェアを繋ぐ要であり、新しいアーキテクチャへの対応(例えばArmコンパイラ最適化 )や、ドメイン固有言語の統合(量子DSLとMLIR )などの取り組みは、HPCソフトウェア基盤の進化を示しています。 全体として、HPCシステムソフトウェア系の論文は**計算資源をいかに無駄なく効率的に使うか**に焦点が当てられていました。従来から課題のMPI通信やI/Oのボトルネックをソフト的に緩和する策に加え、AI時代を迎えて**新たな開発支援手法(AI自動コーディング)**や**ハイブリッドワークフロー(シミュレーション+AI)**を支える軽量ランタイムなども出現しています。HPC利用形態が多様化・複雑化する中、基盤ソフトの充実でそれを支えようとする動きが強まっていると言えるでしょう。 ### **HPCアルゴリズムと科学技術計算アプリケーション** HPCの伝統的なテーマである**アルゴリズム改良や科学計算への応用**も、多くの論文で扱われました。特に数値計算アルゴリズムの高速化・高効率化と、具体的な応用分野でのHPC活用が目立ちます。 - **数値アルゴリズムの高速化**: 上述の線形代数ライブラリ最適化に加え、**前処理法やソルバアルゴリズム**の改良も報告されました。例えば、時間方向並列化(PinT)のための**ブロック循環前処理**を混合精度で安定かつ並列実行する手法 、前処理のタスク分割によりGPUを含む大規模並列で強スケーリングを達成する研究 など、疎行列ソルバのスケーラビリティ向上に焦点を当てた論文があります。また**アルジェブラ的マルチグリッド法**(AMG)を行列生成なしで実装するhp-Multigrid手法をCFD(計算流体力学)に適用した論文 は、計算格子の高次要素を扱う効率的ソルバとして注目されました。これらアルゴリズム系の研究は、エクサスケール計算で問題となる**計算コスト増大や収束遅延**を克服するため、数学的工夫とハードウェア最適化を両立させる内容です。 - **科学技術シミュレーションへのHPC適用**: アプリケーション分野では、**計算流体力学(CFD)** や**X線イメージング**などの分野でHPCを活用した研究が見られました。例えば、「Scalable eVTOL Aerodynamics Simulations on Heterogeneous HPC Platforms」では電動垂直離着陸機(eVTOL)の空力シミュレーションをGPUクラスタ上で高速実行する手法を報告し、自動車・航空分野でのHPC活用を示しています 。また、「ROIX-Comp: Optimizing X-ray Computed Tomography Imaging Strategy for Data Reduction and Reconstruction」では大型放射光施設で得られるX線CT画像のデータ削減と再構成を最適化するアルゴリズムが提案されており 、材料科学・生物学の計測データ処理にHPCを応用した例です 。さらに**心肺デジタルツイン**の例(PINN活用)は前述の通り医療への応用ですし、**ゲノム解析**の例(耐性菌予測)も生命科学へのHPC応用です。可視化分野では、「Multi-ROI Camera Motion Exploration for In-Situ Visualization」という論文でHPCシミュレーション中の画像可視化手法を提案しており、複数の関心領域(ROI)に対してカメラ視点を自動探索することでインシツ可視化の有効性を高めています 。 - **応用分野の多様化**: 上記のように、応用分野としては**工学シミュレーション(流体力学、構造解析等)**、**計測・イメージング(X線CT)**、**生物医学**、**バイオインフォマティクス**など幅広い領域が含まれていました。各分野で共通するのは、**扱うデータや計算が大規模で従来手法では処理困難な問題**に対し、HPCと最先端のアルゴリズムで挑んでいる点です。例えばeVTOLシミュレーションでは従来何日もかかる計算をHPCで短時間に行うことを目指し、X線CT再構成では従来捨てていた大量データを活かして高精度化する、といった具合です。HPCの計算能力向上に伴い、**より現実的で複雑なモデルを扱えるようになった**ことが伺えます。 以上、HPCアルゴリズム・応用系の研究は全体の約30%前後を占め、依然としてHPC会議の柱であることが確認できます。AIや量子といった新興テーマが加わる一方で、**「従来型HPC」の深化**も確実に進んでおり、より高度な数値計算と対象応用が開拓されている状況です。これは計算資源の充実とともに**シミュレーション科学が発展**していることを示しており、HPCの社会的意義を支える重要分野と言えるでしょう。 ## **著者所属・国別の分布傾向** 採択論文の著者を見ると、**日本、米国、欧州、アジア各国**から多様な機関の研究者が参加していました。開催国である日本からの貢献は特に大きく、理化学研究所(RIKEN)をはじめ、東京大学、東北大学、筑波大学、名古屋大学、九州大学など多数の大学・研究機関の研究者が著者として名を連ねています。実際、セッションを見ても日本人研究者が複数含まれる発表が多く、開催地である関西圏のみならず日本全国のHPC研究グループが積極的に参加した様子がうかがえます。 一方、**欧米からの参加**も顕著で、米国の国立研究所(例: オークリッジ国立研究所(ORNL)、アルゴンヌ国立研究所(ANL)、サンディア国立研究所など)や大学(カリフォルニア大学バークレー校、テネシー大学、デルウェア大学 ほか)、企業(Microsoft/Azure、NVIDIA、IBMなど)の研究者が共同著者に名を連ねた論文が多数あります。例えばMPI自動オフロードの論文はドイツ・ミュンヘンのLRZや大学のチームによるものですし 、MPIコード自動生成の研究はORNLを中心とした米国チームでした 。また、量子ソフトウェア統合の論文ではオーストリア・ドイツを中心に欧州の研究者が多数参加し、LLM向け通信最適化では日本とフランスの合作、耐性菌予測の研究ではバングラデシュの大学からの投稿と思われるものもありました。下記に一例として、あるセッションの発表論文と著者出身を見るとフランス(Inria)、ドイツ(ミュンヘン大学/LRZ)、日本(筑波大 他)が混在していることが分かります : > **Paper Track 10: MPI, Topology & Contention** (発表例) > _Toward unprivileged, portable and generic network topology discovery_ – Thibaut Pepin, Julien Jaeger, Guillaume Mercier, Brice Goglin (仏・Inriaなど) > _Revisiting Communication Software Offloading for MPI+Threads_ – Sergej Breiter, Minh Chung, Karl Fürlinger, Josef Weidendorfer, Dieter Kranzlmüller (独・ミュンヘンLMU/LRZ) > _Rankmap optimization for large scale HPC applications…_ – Akiyoshi Kuroda, Yoshifumi Nakamura, Kazuto Ando, Hitoshi Murai, Chisachi Kato (日・産業技術総合研 他) このように、**国際共同研究**の成果や多国籍チームによる論文も多く見られました。とりわけ、日本と欧米のHPC研究者が協力したもの、アジア太平洋地域内で日本・中国・東南アジアが組んだものなど、多彩な組み合わせが存在します。国別にみると、日本・米国・ドイツの存在感が大きい一方、中国からの明確な単独投稿はLLMトークン課金モデルの研究(著者に中国名が多い)くらいで意外と少なく、インドや東南アジア(インドネシア、バングラデシュ等)からの投稿が散見されました。これはHPCAsiaという会議の性格上、アジア地域全般からの投稿を受け付けているためで、近年台頭している東南アジア諸国のHPCコミュニティからも参加があったことを示しています。なお、開催国である日本からの採択論文が多かった点については、地理的利点に加え、日本がHPCAsiaを共催する立場としてコミュニティ形成をリードしている背景があります 。会議全体としてはアジア太平洋の名にふさわしく、多様な国・地域の研究成果を交換する場となっていました。 ## **使用技術・プラットフォームと応用領域のトレンド** 最後に、採択論文で扱われていた**具体的技術要素**や**応用分野**について、その傾向をまとめます。 - **頻出した技術キーワード**: 多くの論文で共通して用いられた技術としては、「GPUアクセラレーション」「混合精度計算」「MPI並列」「大規模クラスタ」「コンパイラ最適化」といったHPC定番のキーワードが並びます。特にGPUは依然主力の計算エンジンであり、NVIDIA GPU上での最適化事例が多数報告されました(Tensor Coreの活用 、GPUメモリ分割 など)。またAMDのGPUやArm CPUなど**新顔のアーキテクチャ**にもスポットライトが当たり、クラウドHPCのような**従来とは異なるプラットフォーム**も分析対象となっています 。ネットワーク面ではInfinibandやNVLinkといった既存技術に加え、新興のCXLが登場し始めました 。ソフトウェアでは、PyTorch等の機械学習フレームワークとHPCとの接点を意識した研究や、LLVM/MLIRといったコンパイラ基盤の話題が出ており、HPCとAIのソフトウェアスタック融合が進行中であることを示しています。 - **応用領域の広がり**: 前述のように、応用分野としては**計算科学シミュレーション(流体、構造、気象など)から、データサイエンス(ゲノム解析)、医療ヘルスケア(デジタルツイン)、産業応用(eVTOL設計)、基礎科学(スパコンでの量子物理シミュレーション)まで多岐にわたりました。特に計算流体力学(CFD) はHPC応用の典型分野でありつつ、新しい対象(空飛ぶクルマ等)への適用が見られます。また量子計算シミュレーション**はそれ自体が応用でありHPCの新分野と言えます。可視化とデータ処理はHPCでは古くから重要ですが、今回はI/O最適化とin-situ可視化の例が各1件ずつと少なめで、むしろAI解析がそれらの役割を補いつつある印象も受けます。 - **プラットフォーム依存とポータビリティ**: 興味深いのは、特定プラットフォーム向けの最適化研究がある一方で、「プラットフォーム非依存」「ポータブル」というキーワードも強調されていた点です。例えばネットワーク検出の研究はどんなクラスタ環境でも管理者権限なしで動く汎用性が売りです 。また、量子ツール統合の研究もHPCソフトを柔軟に拡張する姿勢が見られました。HPC分野では近年ハードの多様化が進んでおり、**可搬性(ポータビリティ)と高性能の両立**が重要テーマとなっています 。今回の論文群でも、「単一のコードで様々なGPU/CPU上で性能を出す」「新旧いずれのシステムでも有効」等を目指す取り組みが散見され、コミュニティの関心がうかがえました。 以上の分析から、SCA/HPCAsia 2026の採択論文は**HPCの基盤技術から最新トレンドまで網羅しつつ**、量子計算やAIといった新領域に重点が置かれていることが分かりました。特に量子・AI・新アーキテクチャという**「ポストムーア時代」を見据えたテーマ**が増えているのは、HPC分野が計算パラダイムの転換期に差し掛かっていることを反映しています。一方で、従来の数値計算アルゴリズムや性能チューニングも着実に進歩しており、HPCの土台は一層強固になっています。日本を含むアジア太平洋地域の研究者もこれら世界的潮流の中で大きな役割を果たしており、本会議はその成果と情報を共有する重要な場となりました。今後もこうした傾向が続くと予想され、次年度以降もAI・量子・新型計算機アーキテクチャを巡る研究がHPC会議の中心的話題となっていくでしょう。 **参考文献:** SCA/HPCAsia 2026会議サイト、プログラムおよび発表論文リスト 他.