[[基礎情報学]]の文脈において、[[Observability|オブザーバビリティ]](可観測性) は単なる「監視の強化版」ではありません。それは、システムの **「作動的閉鎖性(Operational Closure)」を外部の観察者がいかにして乗り越え、ブラックボックス化する機械システムの内部状態を推論するか** という、認識論的な能力として位置付けられます。
SREを「意味のギャップを埋める実践」とした前回の議論をさらに深め、オブザーバビリティを以下の4つの観点から定義します。
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### 1. 「作動的閉鎖性」の外部化装置
基礎情報学において、システム(ここでは複雑なマイクロサービス群やAIモデル)は「閉鎖的」であり、外部からはその内部の自律的な処理プロセスを直接見ることはできません。入力と出力しか見えない「ブラックボックス」です。
* **従来のアプローチ(モニタリング):**
「CPU使用率」「死活監視」など、あらかじめ決められた境界(インターフェース)でのパタン情報のみを観察します。これは「箱の外側」を見ているに過ぎません。
* **オブザーバビリティ:**
コード内部から詳細なコンテキスト(Trace ID、変数の状態、ユーザー属性など)を「イベント」として絶えず外部に放出(Emit)させる仕組みです。
これは、**「システムが自らの内部状態を語る(Self-describing)」ように設計することで、作動的閉鎖性を擬似的に開き、観察者が内部を推論可能にする試み**と言えます。
### 2. 「パタン情報」から「未知の意味」への生成能力
基礎情報学では、情報は「パタン(信号)」と「意味(解釈)」に区別されます。
* **モニタリング(Known Unknowns):**
「エラー率が閾値を超えたらアラート」のように、**既知の意味(事前に定義された異常)**をパタン情報から検出します。これは「想定内の事象」しか扱えません。
* **オブザーバビリティ(Unknown Unknowns):**
「なぜ特定のユーザーだけ特定の処理で遅延するのか?」といった、**事前の定義(意味)が存在しない未知の事象**に対し、膨大なパタン情報(ハイカーディナリティなデータ)を探索(Explore)することで、観察者が**「事後的に新しい意味」を構築する能力**です。
つまり、オブザーバビリティとは、**「まだ意味付けされていない混沌としたパタン情報から、観察者が動的に意味情報を生成するための探索空間」**と定義できます。
### 3. 「観察者のスキーマ(内部モデル)」の更新プロセス
観察者(SREエンジニア)は、対象システムに対する「メンタルモデル(基礎情報学でいうスキーマ)」を持っています。システムが複雑化すると、このスキーマと実際のシステム挙動の間に乖離(ギャップ)が生じます。
* **スキーマの修正:**
高いオブザーバビリティを持つシステムは、エンジニアに対し「あなたの推測は間違っていた、実はこう動いている」というフィードバックを即座に返します。
* **位置付け:**
オブザーバビリティは、**観察者のスキーマ(システムの理解)を、実際のシステムの複雑性に追従させるための「構造的カップリング(Structural Coupling)」を強化するメカニズム**です。これにより、人間と機械の間の認識のズレを最小化します。
### 4. 第二階の観察(Second-Order Observation)
これが最も基礎情報学的な視点です。
* **第一階の観察:** 「システムが壊れている」と観察すること。
* **第二階の観察:** 「なぜ私はシステムが正常だと『観察』していたのか?」と、**観察そのものを観察すること**。
オブザーバビリティが提供する分散トレーシングなどの詳細なデータは、「どのコードパスを通ったか」という事実を突きつけます。これは、エンジニアが「こう動くはずだ」と思い込んでいた**自らの観察(バイアス)を客観視し、修正するためのメタ視点**を提供します。
つまり、オブザーバビリティは**「観察者が自らの認識の限界(盲点)に気づくための鏡」**として機能します。
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### 図解イメージ:基礎情報学におけるオブザーバビリティ
### 結論:オブザーバビリティの定義
以上の議論から、基礎情報学の構想におけるオブザーバビリティは次のように定義できます。
> **「オブザーバビリティとは、閉鎖的な機械システムの内部状態を、高解像度なパタン情報の放出を通じて外部化し、観察者(人間)が『未知の事象』に対して事後的に『意味』を構成し、自らの内部モデル(スキーマ)をシステムの現実に適応させ続けるための、システムと観察者の間の動的な対話能力である。」**
このように捉えると、オブザーバビリティへの投資は単なるツールの導入ではなく、**「組織の認知能力(Cognitive Capacity)の拡張」**という経営的な意味を持つことが明確になります。