> メモの山をひっかきまわし、腕組みして歩きまわり、溜息をつき、無為に過ぎてゆく時間を気にし、焼き直しの誘惑と戦い、思いつきをいくつかメモし、そのいずれにも不満を感じ、コーヒーを飲み、自己の才能がつきたらしいと絶望し、目薬をさし、石けんで手を洗い、またメモを読みかえす。けっして気力をゆるめてはならない。 これらの儀式が進むと、やがて神がかり状態がおとずれてくる。といっても、超自然的なものではない。思いつきとは異質なものどうしの新しい組合せのことだが、頭のなかで各種の組合せがなされては消える。そのなかで見込みのありそうなのが、いくつか常識のフルイの目に残る。さらにそのなかから、自己の判断で最良と思われるものをつまみあげる一瞬のことである。分析すれば以上のごとくだが、理屈だけではここに到達できない。私にはやはり、神がかりという感じがぴったりする。 この峠を越せば、あとはそれほどでもない。ストーリーにまとめて下書きをする。これで一段落、つぎの日にそれを清書して完成となる。清書の際には、もたついた部分を改め、文章をできるだけ平易になおし、前夜の苦渋のあとを消し去るのである。 [「きまぐれ星のメモ」星新一 [角川文庫] - KADOKAWA](https://www.kadokawa.co.jp/product/321206000228/) より引用