[[サイバネティックス]](Cybernetics)と[[基礎情報学]](Fundamental Informatics)の関係性は、一言で言えば「源流とその批判的継承・発展」という関係にあります。
特に、西垣通氏によって提唱された基礎情報学は、サイバネティクス(特に「セカンド・オーダー(第2次)のサイバネティクス」)のシステム論的な視座を土台にしつつ、現代のデジタル社会における「生命」と「機械」の根本的な違いを明確化するために構築されました。
両者の関係性を理解するために、主要な接続点と相違点を整理して論じます。
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### 1. 共通の土台:システム論とオートポイエーシス
両者を結びつける最も強力な理論的接着剤は、**「オートポイエーシス(自己創出)」**の概念です。
- サイバネティクス(特に第2次):
初期のサイバネティクス(N.ウィーナーら)は「制御と通信」を扱い、フィードバックによる恒常性維持(ホメオスタシス)を重視しました。その後、H.フォン・フォレスターやマトゥラーナ&ヴァレラらによる「セカンド・オーダーのサイバネティクス」が登場し、**「観察するシステム」や、システムが自らを産出し続ける「オートポイエーシス」**という概念へと進化しました。
- 基礎情報学:
基礎情報学は、このオートポイエーシス理論を全面的に採用しています。「情報は客観的な実体として外にあるのではなく、システム(生命)が自らの構造維持のために創出するものである」という構成主義的な立場をとります。
### 2. 「制御」から「意味」への転回
サイバネティクスが工学的な「制御」を出発点とするのに対し、基礎情報学は「意味」の生成に焦点を移しています。
- **情報の定義の違い:**
- **サイバネティクス的(シャノン的)情報:** 信号の確率的な不確定性の除去(ビット、データ量)。ここに「意味」は問われません。
- **基礎情報学的情報:** 生命システムにとっての「差異」。生命が生きるために生み出す価値や意味(意味情報)。
基礎情報学は、サイバネティクスが扱ってきた「パターン情報(機械情報)」と、人間や生物が扱う「意味情報(生命情報)」を峻別し、**「機械はいかに高度になっても、意味そのものを理解することはない(なぜならオートポイエーシス・システムではないから)」**と論じます。
### 3. 三層構造モデル(HACSモデル)による統合
基礎情報学の最大の貢献は、サイバネティクスの知見を整理し、情報を以下の3つの階層で捉え直した点にあります。これにより、サイバネティクスが陥り勝ちな「人間も機械も同じ情報処理システムである」という混同を回避しています。
1. 生命情報(Life Information):
生物における原初的な情報。DNAや知覚など。サイバネティクスの生物学的ルーツに対応します。
2. 社会情報(Social Information):
人間同士のコミュニケーションによって生じる情報。ルーマンの社会システム理論(これもサイバネティクスの応用)を接続します。
3. 機械情報(Mechanical Information):
コンピュータ上のデータ。シャノン的な情報理論が扱う領域。
基礎情報学は、「生命情報」と「社会情報」を媒介するために「機械情報」が存在するという構造を描き出しました。
### 4. 「観察者」の位置づけ
サイバネティクスにおいて重要な**「観察者(Observer)」**の概念は、基礎情報学においても中核をなします。
- 再帰的な観察:
第2次サイバネティクスでは、「観察者を観察すること」を含めた再帰的な構造を扱います。基礎情報学もこれを踏襲し、私たちが世界を認識する際、メディアや技術がいかに「観察の枠組み」自体を規定しているかを分析します。
### まとめ:関係性の図式化
- **サイバネティクス**は、生物と機械を「情報の流れと制御」という共通言語で記述するための**方法論(メカニズム)**を提供しました。
- **基礎情報学**は、そのメカニズムを用いつつ、「生命にとっての意味とは何か」という **存在論(オントロジー)** を再構築し、デジタル万能主義(汎計算主義)に対して「生命の自律性」を擁護する防波堤となっています。
つまり、基礎情報学は**「サイバネティクスの正当な後継者でありながら、その工学的・還元主義的な側面を乗り越えようとする人文学的な試み」**であると言えます。